フカヅメ

北生まれ、山羊座、梅くえない

X

裸でゆらゆらと波の中にいるまさに丸腰の状態で、壁一枚むこうからガガガッいうと乱暴な音がした。

思わずえっ、と声が出る。

未知なるXがやって来た。

その音はドリルのようだ。ギュインギュインとけたたましく、獣のように鳴いている。音はどんどん激しさを増す。


ささやかな抵抗として壁を蹴ってみる。

音は止まない。


はたしてXの目的とは何なのか?このままドリルで人型に、いやX型に壁をくり抜いて、浴室内に押し入ってくるのだろうか。そうなると非常にまずい。見ず知らずの人に裸を見られるのはかなり恥ずかしい。

というかもうすでに装置(?)の設置は完了していて、中の様子はXには丸見えだったりして…。

Xは予想だと男性である。女性だったらもっと徹底的にこまやかに、丁寧にリズムを刻むはずだ。不規則でぶしつけな、無愛想な音に耳を澄ましていると、なんというかXの気配りのできなさを感じる。でもその分あまり過剰に謙遜したりしないから、年上から可愛がられるタイプかもしれない。


しかし今、私が玄関のドアを開ければXの正体のみならず、Xのやっていることはすべて暴ける。しかしそれはしない。あまりにも湯船が心地よく、出ていくのが億劫なのだ。


私は不思議に、壁の向こうのXに勝てる気がしていた。ドアを開けて、浴室の外壁に対して何らかの行為をしているXのその顔をみとめ、その目と私の目が合えば、必ずXのほうが怯むと確信していた。間違ってもピストルで撃たれたりはしないと。


Xは一瞬、すこし目を見開いて手を止め、こちらに小さく会釈をしてから、また続きを始める気がする。その時、私がたとえ裸でも。

重く低く激しい音の渦の中でぼんやりとXのことを思っていると、ふいにしんと静まった。

一瞬の沈黙のあと、ガタン、といい、それを最後にXは消えた。

さて、代わりに郵便受けに一枚の紙がある。

電力会社の黒田さん(仮)が電気メーターを取り替えていったらしい。

しかし本当にあの音は黒田さん(仮)だったのか、いささか疑問である。