いなくなるだけ
大学受験が終わったらまりちゃんは、大好きなアイドルのDVDを観て、友達とディズニーランドへ行って、参考書をまるっきり燃やすと決めている。
塾の帰りにまりちゃんは、自分の住んでいるマンションの隣にあるスリーエフで、洋酒入りのチョコレート「Lammy」を買う。
塾に通い始める前まりちゃんは、ラグビー部のマネジャーをしていた。引退の日に後輩からもらったボールは、引っ越す日までずっと本棚の上に飾ってあった。
大学に受かったまりちゃんは、参考書を燃やすのを忘れて昼寝していた。海辺のこの街から、東京の狭い街に引っ越す準備をしている途中に。
バイトを始めたまりちゃんは、煙草の匂いに慣れ始めた頃、店長とキスをする。
茶髪の根っこがだんだん黒くなってきたまりちゃんは、19歳の誕生日にはじめて赤ワインを飲んだ。
ラグビー部の1つ上の志田先輩が結婚することを知ったまりちゃんは、また海辺の街に戻る。 きっと来年も再来年もその次もまりちゃんは、お正月にはこの街で家族と箱根駅伝を観ているだろうと思っている。
バイトしていた店を辞めたまりちゃんは、グループラインから抜ける。いちばん仲の良かった子から、アロマキャンドルをもらった。まりちゃんがいなくなっても店は、変わらず高田馬場の駅前にあって、17時から24時まで営業し続けた。
髪を黒く染めたまりちゃんは、鏡に映った自分を見て、中学生の頃を思い出す。まりちゃんは美容室を出て、その後にはまりちゃんの飲みかけの麦茶のコップだけが残った。それはまりちゃんが美容室を予約した時から決まっていたのかもしれないし、まりちゃんが生まれた時から決まっていたのかもしれないし、この世の最初から決まっていたのかもしれない。
まりちゃんの家のテーブルの上には結婚式の招待状と、ガス代の請求書だけが乗っている。郵便配達人はそれだけを、郵便受けに突き落として去っていく。
あの日のまりちゃんは、いなくなるだけ。
今、どこにいる?