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フカヅメ

北生まれ、山羊座、梅くえない

のぞみとひかり

のぞみとひかりは双子の兄妹


よく似てる


間違えられることも多いから


その時のぞみはひかりのふりを


ひかりはのぞみのふりをする


そう彼らは一瞬で


入れ替わることができるのだ


のぞみはよく


ベッドの上で目を瞑った瞬間に


自分がひかりになるような気がした
し

眠っているあいだ
ひかりは

自分がひかりであることを忘れていた


朝
のぞみがカーテンを開けると


鏡を見ていたひかりは
まぶしさに目を細め


のぞみも鏡を覗き込む


のぞみが街を出ていく日


ひかりはひとりで見送った


駅のホームで手を振るひかりが


どんどん遠ざかっていくのを


のぞみは何度も夢に見る


「僕たちは続いていく名前なんだよ」


とのぞみがひかりに言ったのは


もうだいぶ昔のことだ

 

痛い晩餐

この世でいちばん最悪な組み合わせは、金曜夜の居酒屋で灰皿に並んで乗っている、紅しょうがとばんそうこう。


うすくひらいた皮膚の隙間から、しみ出てくる血液と体液、見え隠れする肉片。あふれ出してくる食欲と性欲と睡眠欲。のみこんだ固いスペアリブ。げっぷのように皿から吐き出された紅しょうがと、くっついた傷口をなぞるように剥がされたばんそうこう。


2人は眠る、硬いベッドの上で。

どんな瞳をしていたの


この箱の中から

なにを見ていたの


嗅いだことない

洗剤の匂い

誰だか知らない

ポスターの笑顔


どんな話をしたの


味付けが変わったね

あなたはそう言うけれど

老いていく時間に

私たちは追いつけない

 

新しい風が入りこんでは

亡霊に道をいざなわれ

また出ていく

今日もまた配達夫がやってくる


同じように見えて違う言葉を

かわるがわる人が吐く


画鋲の穴

この箱の傷

それを見つめている

あなたは誰


あなたがいる限り

つづく箱のいのち

 

元日

私が生まれて

昨日が去っていく

その失望につけ込んで

新しさはやって来る

それ以前とそれ以後を分かつ

決定的な今日

これこそすべてと思うものは

残らず流されていく

のぞむものは何も無い

だからもう明日は来ない

大量の折り込みチラシに


目を通すことだけが

人生になっていく

踊れ

彼女は、今夜零時に迎えに行くよと王子様に言われていました。しかし何でも覚えているのはナンセンスだと思ったので、忘れました。

睡眠薬を飲んでぐっすりと眠り、窓には鍵を。でもカーテンは開けたままにして、明かりも消しませんでした。だから王子様は、彼女が眠っているのを窓の外から見つけてがっかりしたのでした。

 

零時には、お城でパーティーが開かれていました。お姫様たちは煙草を吸って、ドレスでもおかまいなしに逆立ちをしたり、レコードを片っ端から割ったりしています。

「わたしたち、何もかも捨てたわ。」

そう言って、不敵な笑みを浮かべ髪をふり乱して踊り狂うお姫様たち。そのようすを、彼女の飼い猫は一晩中じっと見つめていました。 パーティが終わると猫は屋敷に戻り、ベッドで眠っている彼女の枕元にとび乗って丸くなりました。 そして、翌朝彼女が目覚める時にはもういなくなっていました。

 

朝食のテーブルで彼女は、夢で王子様と会ったことを思い出します。 ふたりで踊りながら、いつまでも笑顔でした。でも彼女は何かを忘れているようで、ずっと気がかりでした。

夢の中で彼女と向かい合って彼女の肩に手を添えている王子様が、口の動きだけで言います。

「忘れたままでいて。」

 

忘れているのは王子様の声なのか、飼い猫のことなのか、自分が犯した罪のことなのか、とうとう思い出せずに一晩中、彼女は踊っていました。

月とレモン

「月に行きたいと思う?」


レモンを手のひらでもてあそびながら、まゆみが言った。


「行きたくない。月に行ったら月が見られないし。」


ころころと揺れるまな板の上のレモンに、凛々しく研がれたナイフの先を切り入れながら、あゆみが答えた。
すたん、と刃が下りる。
レモンはまんまるの断面をふたつ見せ、若い双子のようにはつらつと呼吸している。
断面をまな板に押し付け、また刃を入れる。
たん、たん、たん、たん、ちいさな半円がたおれていく。
それらはまるで野原の草花のように、そよそよと呼吸をするだけだ。


「月の中ってどうなってるの。」


あゆみは指先で、少し汗ばんだ額をぬぐった。ふっとレモンの匂いが通り過ぎる。


「涼しそうだよね。」


半円の、むこうが透けて見えるようなレモンが皿の上で山のように積み重なって、部屋の中央にある。
まゆみはその中のひとつをぺらりとつまんで、頬にくっつけてみる。
そこらじゅうに、レモンの匂いがただよっている。


「賑やかそうな感じもする。」


あゆみの手のひらはしっとりと濡れ、冷たい。


「月から月は見えないけど、地球を見ればいいじゃん。きれいだよ、たぶん。」


まゆみがレモンを舌にのせる。キリキリと舌が痺れて、思わず顔をしかめた。


「でもそのとき、地球に私はいないしなぁ。ねえ、目つぶってみて。レモンの中にいるみたい。」


あゆみが手を止め、目を瞑った。
まゆみも目を瞑り、だらりとソファの背にもたれる。
窓の外には、月がある。
床には、いくつものレモンが転がっている。


「私、月になりたいかもしれない。」


あゆみは手のひらにたっぷりとおさまったレモンのかたまりを、レモンの群れへと移す。
まゆみはレモンをひとつ拾って、宙へと放った。


「寂しいよ、きっと。」


「うん。それに、月になったら月の中のことは永遠にわからない。だからたくさんの人に来てもらうの。地球から。」


2人は黙って、レモンを見ていた。


夜空はとても静かだ。

その渦の中に
ひきこまれそうになった瞬間
こころとからだすべての力を
いっぺんに使ってとび退くきみ


いつでも渦はきみの手のひらで
穏やかな冷たい景色のまま


泳ぎ方を知らないきみは


必死になって
誰かの泳ぎを盗もうとする


泳いでいる自分が
誰かに見られるのは


溺れるよりおそろしいと言うきみ


渦の中にいる人々は


トロンとした瞳をしてる


どこへゆくのか


誰も分からない


ねえ、水はどんな匂い?


きみはただ


渦を見ている